スターティング ポイント 1



普段静かな校内も、夏休み前の短縮授業期間中は生徒の声が賑やかに響く。

広大な敷地とはいえ囲われた校区の中で過ごす日々は、どんなに近代的な設備が施されていても緑多き環境を整えていても閉塞感は拭えない。

時に花を手折り、時に諍い、時に心迷う。

長期休みを前に賑やかに響く声は、そんな僕たちのフラストレーションが解放される声でもあるのだ。





「腹、減った!聡、昼メシ行こうぜ!」

午前中の授業を終えて、和泉と食堂に向かう。

期末考査の結果も発表になり、後は休みを待つだけだった。

「良かったね、和泉。夏休み、監禁にならなくて」

「へへっ、ほんとはちょっと危なかったんだ。好きな科目と嫌いな科目の得点差が半端なくてさ。
まぁ・・・けど何とか赤点もなくて、総合得点は平均より上だった」

総合得点様々だよと、和泉は嫌いな科目についての反省は全くなかった。

好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。成績も勉強方法も、はっきりした和泉そのものだった。


「兄貴に見せに行ったら、嫌いな教科は赤点取らない程度に頑張ればいいよって、それだけ」


先生は、和泉の出来るところと出来ないところの境界線をちゃんと知っていた。

離れていても、先生は常に和泉を見ている。

この間の夜・・・和泉から話を聞いたせいだろうか。

より一層、先生の思いが伝わってくるようだった。


「・・・先生はみんなの先生だけど、やっぱり和泉にはお兄さんだね」

「だからいつも言ってるじゃん。兄貴が先生だなんて損だって」

和泉は嬉しそうに笑った。




「おい!赤点、赤点って、でかい声で話してんじゃねぇよ。恥ずかしい奴だな」

食堂の入り口付近、後ろから声がした。

「あっ!三浦!」

あれだけ反りが合わなかったのに、和泉はすっかり友達の反応を示していた。


三浦と連れ立って、渡瀬もいた。

そういえば渡瀬と会うのは、カバンを届けて貰って以来だった。

「渡瀬、久し振り」

「だな、聡。・・・足は、大丈夫か?」

「もういつの話し、全然平気。水島君も、二学期から復帰が決まったよ」

「そっか、良かったな」

そっけない物言いでも、渡瀬の笑顔に僕の口元も綻びる。


―いい笑顔は伝染するんだよ―


川上先生の言葉、そのままに。


「渡瀬、これから食事だろ。一緒に食べようよ」

和泉にも了解を求めようとしたら、いきなり和泉が渡瀬に向かって話し始めた。

「渡瀬、試験終ったら暇だろ?三浦とフリースロー対決する約束なんだ。お前ともう一人・・・だれだっけ?
あっ、そうそう谷口!三対三だからな」

そういえば試験前、三浦に勉強を教えて貰っていた時にそんなことを話していたけど、いつ約束していたんだろう?

和泉が約束という割には、一方の三浦は驚いた顔で唖然としていた。


「悪いな、聡。俺たち流苛のことで話があるんだ。夏休み前だろ。
それに試験が終っても、余計なことが多くて!食事時くらいでないと時間が取れないからな」

余計なこと≠ェ、先生の用事なのは言うまでもなかった。

「そう・・・そうだよね!こっちこそ、ごめんね・・・」

何も僕が謝ることはないんだけれど、あの笑顔は幻だったのかと思うくらい眉間にシワを寄せた渡瀬が、あまりにも気の毒すぎていたたまれない。


「じゃあな」

不機嫌を露わにして中へ入って行く渡瀬に、三浦が言い訳をしながら後を追うことになってしまった。

「おい、待てよ、渡瀬。和泉のあれな、約束なんかじゃねぇからさ。あれは・・・」

「約束でもなんでも俺は関係ないからな、お前の責任で善処してくれ。お前の友達だろ」

「友達っていうほど・・・まあ、勉強は教えたけど・・・それだって聡が・・・」

歯切れの悪い三浦の弁解を蹴散らすように、和泉の声が大きく響いた。


「三浦ぁ!後で携帯に連絡するから!」


和泉は前ほど渡瀬の無視を気にしなくなっていた。

三浦に勉強を教えてもらってから以降、少し見方が変ったようだった。

たとえ一方的でも和泉が歩み寄ることで、彼らと仲良くなってくれるのならそれに越したことはない。


「いや!だから違うんだ!俺とあいつは友達なんかじゃ・・・渡瀬っ!!」

「ああもう煩せぇな!!どうでもいいから!!俺を巻き込むなっ!!」


・・・果たしてそうなるのかは、若干疑問の余地が残るところではあるけれど。







「和泉、いつの間に三浦と仲良くなったの?携帯番号まで交換していたなんて、驚いたよ」

「え〜と・・・何にしようかな・・・・・・三浦の携帯番号?」

真剣にメニューを選ぶ和泉から、渡瀬たちは随分離れた席に座っていた。


「聡が知ってんじゃん・・・よし!今日はこれだ!ビーフカツ!
あいつらと勝負するまでカツ=勝つ≠ナ行くぞ!」

和泉は表示パネルからは目を離さずに、ポケットから携帯を取り出すと僕に向けた。

「三浦の、送って」

「・・・和泉、三浦たちとフリースロー対決、楽しそうだね」

携帯を突き合わせにして、三浦の携帯番号を赤外送信する。

ちらっと三浦の迷惑そうな顔が思い浮かんだけど、ここまでになってしまったら同じだよねと諦めてもらうことにした。

「絶対勝つからさ!ほら、聡も付き合えよ!まずはビーフカツ・・・」

「やめてよ!僕はそんなの付き合えないから!」

片方に携帯を握り、片方で間一髪、メニュー表示パネルに伸びた和泉の手を押さえた。


さっき感じた疑問の余地が、あっという間に増幅した。







食堂で昼食を終えた午後、部屋に戻って父に帰省予定の電話をかけた。

帰省期間は二週間。

まず短い帰省になる旨の謝罪をした後、日数の許す限り学校に残りたい理由を伝えた。

受験を控えた彼らの多くは、帰省よりも学業環境の良いこの学校に居残って勉学に励む。

僕は一年遅れてしまったけれど、戻ってくることが出来た。

再び彼らと同じ校舎で勉強し、変わらぬ友情を感受する。

発病以来、僕を支えてくれた元同級生たちと過ごす最後の夏。

父は、

[ 聡の命のお礼を、聡だけに任せているわけにはいかないね。親として、私たちも甘えていてはいけないな。
おじいちゃんには私から言っておくから。暑いからね、充分身体に気をつけて、元気に帰って来る日を楽しみにしているよ ]

自らの反省も添えて、快諾してくれた。


短い帰省は僕のわがままなのに。

僕の命のお礼は、僕がすべきことなのに。

そう思っても、代わってやれぬと嘆いた父の愛はどこまでも深く尊い。


父との電話の後、学校に提出する帰省予定表の作成に取り掛かる。

家族を思いながらの作業は、自然に和泉への思いへと移った。

和泉の家族・・・


―うん。おれたち両親いないから、兄貴と二人なんだ―


以前に聞いていたその詳細を、改めて和泉から打ち明けられた。

試験後の、僕の部屋で。

ひとしきり楽しく過ごした午後の宵から、深い夜の帳が降りようとする頃だった。


―おれのこと聞いてくれる?・・・いや、聞いて欲しい―


静かに切り出された言葉は、

そこから夜陰の門をくぐるように、

和泉と先生、二人の時を遡って行った。







第一章 本条和泉



先生と和泉の両親は、花屋を営んでいた。

先生は和泉が物心のつく頃にはもうこの学校で寮生活を送っていて、長期休みで家に帰っている時は店を手伝っているか、スケッチブックに花の絵を描いていることが多かった。

優しい兄ではあったが一緒に遊ぶという兄弟間の接触は殆んどなく、和泉は一人っ子みたいなものだったと言った。

「兄貴の花好きは親譲りだよ。休みに帰って来ると、すぐ店を手伝ってた。
でも父さんは、特別嬉しそうでもなかったなぁ」

和泉の記憶の中では、父は兄に労いの言葉ひとつ掛けるわけでもなく、小さな店のスペースでお互い背を向けて花の世話をしていた。

「仲が悪いってわけじゃないんだけどね」

と、和泉は付け加えた。


先生はとても勉強が出来たという。

父がよくそのことで先生と話していたことを、和泉は覚えていた。



―お前はせっかく勉強が出来て良い学校で学んでいるのだから、その環境の使い途をもっと考えるべきだよ―

―僕は花が好きだ。これ以上の環境がある?父さんの花屋を継ぐことが僕の夢だ。
勉強は自分のためにしているだけさ―

―志信、その夢はお前の人生の余生に、父さんがとっておいてやる。
自分のためだけを考えながら暮す人生は、お前にはまだ早い―


父は眼を細め、そして言うのだ。


―誰かのために、考える人生であって欲しい―


―・・・誰かって、誰?―

―お前を必要とする人だよ―

―・・・ごめん、父さん。僕は、禅問答は得意じゃないんだ―



「おれはまだ小さかったから、父さんと兄貴の議論なんてよくわからなかったけど、決まって最後は兄貴の方から話を切ってたな」


それが結局、お互い背を向けて花の世話をする結果となるのだった。

母はどちらの味方にもつくことはなく、いつの時も微笑みを称えた眼差しで見守っていた。


店は商店街の一角にあり、小さいながらも繁盛していた。

小学生の和泉は外で遊ぶのが大好きな、活発な子供だった。



―ただいまーっ!―

夕暮れの買い物客で賑わう店先から、駆け込んで帰ってくる和泉を、

―お帰りなさい、和泉!お兄ちゃん帰って来てるわよ!―

母は笑顔で迎え、そして言うのだ。


―お兄ちゃん、和泉と遊んでやってね。和泉の話を、聞いてやってね―


花屋の主人の父と、いつも笑顔の母。

思春期の感情を波立たせる兄と、明るく活発な弟。

かけがえの無い一家四人の幸せがそこにあった。



「ホテルへ生花を届けた帰りだった。日曜日だったからおれも連れて行って貰ってさ。
父さんが、昼はそこでバイキング食べようなって言って、ワクワクした」

店の規模こそ小さかったがフラワーアレンジメントの評判は高く、地元のホテルからも依頼を受けるほどだった。

午前中に仕事を終えホテルのバイキングで昼食を済ました後、三人は庭内を散策した。

庭園の中央に架かる橋。

池の水面が四季の豊かな風情を映し出す。



帰り途、夕方に差し掛かる前の国道は空いていた。

見通しの良い直線、カーブも緩やかで、すれ違う車両もほとんど一定の速度で走っていた。


子供を連れていた夫婦は、わざわざ混雑を避けた時間帯を選んだのに・・・。

事故は起こった。

それまで規則正しく流れていた車両の一台が、いきなり対向車線をはみ出して夫婦の車の前に突っ込んできた。



「衝撃音や救急車のサイレン、人の怒鳴る声?断片的には記憶に残ってるんだけと、繋がらないんだ。
気がついたら病院のベッドで、兄貴が立ってた。・・・居眠り運転だってさ」


和泉が中学に入学して、すぐのことだった。

先生は大学院の学生で、大学進学後も家に戻ることはなく大学の学生寮で暮らしていた。



「兄貴はその日から退院するまで、病室のおれの部屋に泊り込んでくれて・・・。
おれは暫くするとさ、父さんと母さんは?って、なるじゃん」


先生は和泉をベッドに腰掛けさせて、自分もその横に座った。


ボタボタと和泉の手の甲に涙が落ちる。

信じたくはなくても、昨日も今日も、目の前にいるのは兄だけだった。

中学生にもなれば、兄の話しもちゃんと理解出来る。

それでも、和泉は訴えた。


―お父さんと・・お母さんに、会いたいぃ・・・―


ぐずぐずに濡れた手で、先生の腕を掴んで揺さぶった。



心は

ガラスのように透明で

ガラスのように脆(もろ)い

先生は

割れてしまったガラスの破片(はへん)を拾い上げる

鋭利な欠片(かけら)は掌の皮を突き破り 肉に食い込み

きっとその手は血だらけだ



―会ってあげなきゃね。和泉、父さんと母さんに、会いに行こう―



「本当に会わせてくれたんだ」

その時の和泉の表情が忘れられない。

改めて僕の方に首を傾け、少し誇らしげに、少し瞳を潤ませて、笑った。



病院の地下、焚かれた香の煙が厳かに漂う部屋のベッドで、父と母は眠っていた。

事故による顔面の損傷は化粧できれいに隠されていて、和泉が前に立って見下ろす位置からは二人とも普通に眠っているように見えた。


―・・・お父さん―


そっと顔を近づけて、父の手を取った。

あんなに温かだったのに、氷のように冷たかった。

確認するように、母の手を取ってみた。

やはり冷たかった。

それでも、擦れば温かくなるだろうか。

和泉は両手で擦りながら、頬をすり合わせるくらい母の顔に近づいた。


息をしていないのがわかった。


―お・・母さぁんっ!!―



血だらけの手で

兄が拾い上げたのは

弟の痛みと涙の

心の欠片



―和泉は・・・その原点なのだろうか―


バスケットコートの内と外、和泉を通して先生に感じた思い。

あの時の思いが確信に変わる。



「おれは後部座席だったからケガも軽かったんだけど、両親のことがあったからさ。
落ち着くまで入院させられてた」


和泉が入院している間に、先生は大学院を辞め家に戻った。

父の遺した花屋を継ぐために。

店に入ると、手入れ出来ずに放置されたままの花々が朽ち果てていた。

店を継ぐことは夢だったが、こんな形で夢が叶うことを先生は想像し得ただろうか。

付かず離れず、父との距離をわざととって、鬱陶しいことを避けていた。

それに気付いていた母にも、黙って見守ってくれているのを良いことに、あえて父との話題には触れなかった。


そのうちに・・・素直になれない思いには、とても都合の良い言葉だった。


そうして、二度と伝えられなくなってしまった。



「お墓参りの時なんかに、ちょこちょこと兄貴が昔のこと話してくれるんだ。
父さんと母さんへの心残りは兄貴の方が強かったと思う」


先生は和泉の成長に合わせて、少しずつ語り聞かせているようだった。

素直になれなかった思春期の自分を、根気よく受け止めてくれていた父と母のこと。


そして今、先生はその思いを胸に、かつての自分と同じ少年たちの思春期を受け止める側に立っている。



「退院後はいきなり兄貴と二人きりの生活だろ、最初は頑張らなきゃって必死だったんだ。
だけど・・・いつの間にか不安が大きくなって、学校にも行けなくなってた」


和泉は淡々と話を続けた。

僕が口を挟むべきところはない。

ただ黙って和泉の一言一句に耳を傾ける。

心がどれだけ締め付けられようとも、涙腺が弛もうとも。


ふっと、和泉の表情が綻んだ。

まるで僕の強張った表情を解きほぐすように。

そして一拍置いた話の続きは、唐突に川上先生から始まった。


「兄貴が川上先生を苦手なの、知ってるだろ?おれのせいで、散々怒られたからなんだ。
おれの為に一生懸命なのはわかっていたのに、おれは兄貴を庇うことも出来なかった」


おれのせいで・・・この言葉だけで、和泉と川上先生の関係が直結した。

バスケットの試合後、体調を崩し和泉に付き添ってもらった医務室で、僕の目の前で交わされた和泉と川上先生の会話。


―・・・先生、お久し振りです―

―元気そうだね、何よりだ。和泉君、君が村上君を連れて来てくれたのかい―


両者に感じた些細な雰囲気は、主治医と元患者の名残だったのだろう。

その裏付が、語られた。



「兄貴は本当に優しくてさ、おれの面倒も良く見てくれて・・・。
なのに、日が経つにつれて、どうしようもなく不安な気持ちが擡げて来るんだ。この人、誰って・・・」

実の兄なのに、他人のような感覚。

それは日を追うごとに、和泉の中で広がった。


ある日、和泉が学校から帰ると、店は事故以前のときと変わらないくらいの繁盛を取り戻していた。

その光景は、和泉に懐かしさを呼び起こした。

花の溢れるテーブルで、黙々と籠を編み花を挿して行く父。

客と談笑しながら、手際よく花束を作る母。


―ただいまーっ!―


元気よく声を上げれば、


―お帰り、和泉―


・・・聞こえてきたのは兄の声。


自分の置かれた環境の変化くらい、きちんと把握は出来ている。

どうすれはいいかも、理解出来ている。

兄の優しさも、頑張っている姿も。

だけど・・・心がついて行かなかった。


この人、誰・・・


不安が孤独の恐怖となって、和泉に圧し掛かった。


学校を休みがちになった頃、先生は和泉の異変に気が付いた。

以前入院していた病院に、事故後の定期検査だからと偽って和泉を連れて行った。

幾つか科を回って下された診断は、事故による自律神経失調のひとつ。

一時的なもので、そのうちに改善するだろうとの医師の所見だった。

だが、


そのうちに・・・


またも先生は、この言葉に苦しめられることになった。



四月初旬の事故から数えて三ヶ月、季節は梅雨の時期になっていた。

和泉は学校に殆ど行かなくなっていたばかりか、口数もめっきり減っていた。

再度受診にと思っても、すでに動こうとしなかった。

部屋に引き篭もって、じっと膝を抱えていたり寝ていたりだった。


―和泉―

と、久々に抱きしめた弟の身体は熱かった。


愕然とした先生が取るものも取りあえず和泉を抱え駆け付けた先が、母校の川上先生のところだった。


連絡を受けて待っていた川上先生は、和泉を診察した後、用意していたベッドに寝かせた。

看護士に必要な処置を手早く伝えると、カーテンを引いて診察室のデスクに戻った。

その際、横に付こうとした先生も、川上先生に追い払われてカーテンの外に出た。



―君はいなくていいから―



「カーテン越しに、兄貴が怒られてるのが聞こえるんだ。
先生、違うよって言いたいんだけど、伝えようにも身体は動かないし言葉も上手く出なくてさ・・・」


カーテン越しに聞こえて来たのは、川上先生が事故前後から今日に至るまでの経緯を、質問を交えながら聞き取っている中での叱責だった。


―ふうん・・・君はご両親の遺した花屋を継いでいるのか。そういえば、昔から花が好きだったね―

―僕は父の店を継ぐのが夢でしたが、いきなりこんな形で継ぐことには抵抗がありました。
ですが弟の為には、両親の遺したものは出来る限りそのままにしておいてやりたかったのです―

―なるほど。本意ではなくても、弟の為に頑張っていたわけだ―

―両親との思い出の地を礎に、二人で新しい生活を築いて行けるのなら―

―二人で新しい生活ね・・・それじゃあ君は、和泉君の何を知っている?和泉君は何が好きだ?
学校での和泉君はどうだった?最近和泉君は何を話していた?―

―・・・和泉は・・・和泉の好きなものは・・・・・・―

―本条君、答えなくていい。そんなことは問題外のことだよ。そこから始まるようじゃ、話にもならない。
弟の為とは、よく言えたものだ―

―・・・先生、和泉は僕の大切な弟です―

―それなら、どうして弟を拒むんだね―

―拒む?僕がですか・・・?有り得ません―

―有り得ないか・・・。そうだね、自分のことしか考えていない君には、有り得ないことなんだろうね。
全く、そんな人間が我校の卒業生だなんて、実に情けない―


川上先生は言い捨てて立ち上がると、和泉の寝ているカーテンの方向に視線を移しながら向かった。

手厳しい言葉で咎められた先生は、やや悔しさを滲ませながらも川上先生の背中を追って立ち上がった。


ところが・・・

振り返った川上先生のそれこそ最後の言葉は、先生にその先を行かせなかった。



―言っただろう、君は和泉君の傍にいなくていい。いたら迷惑だ―







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